きびだんご王国 | 桃太郎伝説ときびだんごについて、岡山の有志が集まって楽しく語るサイト

きびだんご王国 桃太郎伝説

国王は働くのみ

仕事

世間ではゴールデンウィークなどといって連休が続いているようだが、きびだんご王国国王にはそんなものは存在しない。ひたすら働くのみである。まあ、観光客が訪れる期間はきびだんごも売れるわけで、逆にこの時期暇なようならヤバイ事態なのだが…

思えば子供の頃からゴールデンウィークに家族全員で旅行に出掛けたなどという記憶はない。夏休みでさえほとんどない。とにかく、きびだんご王国というものは、世間が休みのときに忙しくなるのだ。だから、せっかくの休みでも家族全員で出掛けるというわけにはいかないのである。

これは子供にとってはつらい。私はずっときびだんご王国の宿命に嫌悪感を抱いてきた。普通の家庭がどれほどうらやましかったことか。

あれから数十年、紆余曲折があって一度はきびだんご王国から出て行った私だが、わけあって今再び国王として働いている。いつかきびだんご王国から解放されることを夢見ているわけだが、まだ当分はどこにも行けそうにない。仕方がないので今日もきびだんごをおやつに食べながら、きびだんご王国の未来について思案しているというわけだ。

そうそう、以前から取り組んで来たきびだんご補完計画だが、いよいよ新型きびだんごを紹介できそうだ。早ければゴールデンウィーク明けにも発表できるかもしれない。本当は四月中にも発表できそうな勢いだったのだが、最終段階にきてアクシデントが続いたため、調整に手間がかかっている。それにゴールデンウィークで適格者たちもどこかへ出掛けてしまったし…

とにかく、きびだんご王国国王にゴールデンウィークなどというものはない。今日も明日もひたすら働くのみである。みなさんも、もしこの連休にお出かけになるのなら、岡山のお土産として是非きびだんごを持って行っていただきたい。

 

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岡山のお土産に異変が

岡山駅

最近、岡山駅の売店できびだんごの種類が少なくなっていることをご存知だろうか。そうなのだ。きびだんごの取り扱いが大幅に縮小されたのである。いままで、これでもかというくらい様々なタイプのきびだんごが所狭しと並んでいたのだが、種類が減って随分すっきりした感がある。

これはどういうことかというと、きびだんごばかりあっても仕方がないという売店側の判断により、きびだんごの種類を減らし、代わりにきびだんご以外で岡山県産の原材料をメインにしたお菓子を増やしたというわけである。いわば地産地消というコンセプトだ。

個人的にはきびだんごが山のように並んでいる勇姿が壮観だったのだが、これも時代の流れかもしれない。とにかく、これからは地産地消なのだ。

で、どんなものが地産地消コーナーとして増えたのかといえば、ご想像どおり、岡山が誇る白桃とマスカットを使ったお菓子である。もっとも、マスカットは原材料費がかさむせいか、まだ比較的少ない。大半は白桃関連のお菓子である。すなわち、白桃ケーキ、白桃キャラメル、白桃プリン、白桃せんべい、白桃クグロフ、白桃まんじゅう、白桃羊羹、白桃ゼリー、etc. といった具合だ。

なんのことはない、きびだんごの山が今度は白桃の山になっただけではないか。思わず唖然とする感もあるが、まあみんな考えることは同じなんだろう。意表を突いて瀬戸内穴ジャコせんべいとか、鰆(サワラ)プリン、ままかりキャラメルなどを出す業者がいてもよさそうな気もするが、やはり勇気がないのだろう。

とにかく、岡山駅の売店には今大改革が起こっている。この改革の嵐はまだ当分続きそうである。恐らくゴールデンウィークあたりまで続くのではないだろうか。その頃には新しいお土産のラインナップもほぼ整っているはずだ。

一見、何の変化もないような岡山のお土産事情だが、実は、日々進化を続けているのである。そこには、業者の汗と涙、栄枯盛衰、喜怒哀楽が渦巻いている。

みなさんも、たまには岡山駅の売店に立ち寄ってみてはいかがだろう。何か面白い発見があるかもしれない。

 

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日本の昔話に教訓はない

富士

日本の昔話をいろいろと読んでみて、はっと気づいたことがある。それは教訓がないということだ。

例えば聖書などを読むと、「○○してはならない」とか「○○するなかれ」といった「教え」のようなものがいっぱい出てくる。物語でありながら、実際には「戒律」を細かく規定した法典、あるいは聖典といった感じだ。それに対し、日本書紀にせよ、古事記にせよ、「誰々がどこどこで○○した」といった話が出てくるだけで、「だから○○してはならない」といった「教え」のようなものは登場しない。

中にはかなり残酷な内容や非道徳的な内容も含まれているが、だからといってそこから何らかの教訓を学び取ろうという姿勢が感じられないのだ。ただ淡々と出来事を述べているだけである。これはどうしたことだろう。

我らが桃太郎伝説もしかりである。例えばひ弱な桃太郎が猛特訓の末にたくましい男に成長したという話なら、なるほど努力は大切だな、などという「教え」に繋がるのだが、彼は生まれつき強靭な肉体を持っていた。きびだんごにしても、彼が一生懸命に原材料のきびを育てたとか、レシピを工夫したとか言えば、なるほど一生懸命がんばることが大切だな、などという「教え」に繋がるのだが、きびだんごはおばあさんからもらっただけである。

その後、猿、犬、雉を仲間にするが、これとて、桃太郎の人柄に惹かれて仲間が集まったのなら、なるほど人望が大切だな、などという「教え」が得られるのだが、仲間はきびだんごという報酬ほしさにやってきただけのいわば傭兵である。そして、鬼退治の場面も、鬼の言い分も聞かず、いきなり多数で襲いかかっているだけだ。おまけに鬼の宝を略奪し、貧しい人々に配るわけでもなく、独り占めして故郷に帰る…

冷静に考えると、何一つ「教訓」めいたものがないではないか。それどころか、努力もせず、報酬で助っ人を雇い、暴力と略奪を成功させた男の物語という以外に説明のしようがない。う~む、考えれば考えるほど、桃太郎は嫌な奴である。こんな嫌な奴を岡山のシンボルにしてよいのだろうか。

とまあ、少しエキサイトしてしまったが、要するに日本の昔話には「教え」とか「戒律」のようなものを規定する意図はなく、ただ淡々とストーリーを語る傾向があるということなのだ。これに気づいたのは何も私が最初ではなく、多くの歴史学者、特に神話などに造詣の深い研究者の方々が既に指摘しているようである。

こうした視点で昔話を読むとなかなか面白い。例えば、かぐや姫などもそうだ。突然竹の中から誕生し、さんざん老夫婦に世話になっておきながら、ある日迎えが来たといって去ってゆく…

やはり、どこにも「教訓」はない。この物語から一体何を学べというのだろう。強いて言えば、世の中は理不尽だよ、ということだろうか。う~む、救いがない。教訓も救いもないとなれば、一体何のための昔話なのだ。だが、これこそまさに日本の昔話の王道なのである。

ということは、我々日本人にはそもそも「教訓」という文化がないのではないだろうか。あるいは「学ばない」というDNAが脈々と受け継がれているのかもしれない。

そういえば、何かと世間を騒がしている政治家や経済界の人々を見ていて、どうして何も学ばないのだろうと私はこれまで思っていた。だが、それは日本人の習性なのだと考えれば見事に腑に落ちるではないか。なんということだ。実に恐ろしい仮説だ。この仮説が間違っていることを心から祈る。頼む、間違っていると言ってくれ!!

とにかく、このままではやばい。せめて桃太郎伝説エピソード I だけでも何かを学べる物語にしたいものだ。

 

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桃太郎伝説補完計画(その2)

太陽系

最近、つくづく思うのだが、物語で大切なのは主人公よりもむしろ脇役かもしれない。過去にヒットした名作映画などを振り返ってみると、魅力的な脇役が多数登場することに気づく。そうなのだ。脇を固めてなんぼのサブキャラクターの出来不出来が物語の魅力を大きく左右するのである。

例えば『スター・ウォーズ』のような作品を思い浮かべてみれば一目瞭然だろう。脇役の使い方が抜群にうまい。脇役は作品の味に深みを加える調味料のような働きをする存在であったり、場合によっては完全に主役を食ってしまうほどのパワーを発揮する存在であったりする。ややもすると主役に注意が集中しがちであるが、脚本の段階でとことん脇役を煮詰めている作品はやはりひと味もふた味も違うものである。

で、我らが桃太郎伝説はどうかというと、脇役である犬、猿、雉、鬼、養父、養母が大して活躍しない。私は子供の頃、桃太郎伝説を聞かされてあまり感動しなかった。そこには桃太郎の心の葛藤も家来たちの個性も、さらには悪役である鬼たちの力量も描かれていなかったからだ。これでは冒険活劇ものとしてのワクワク感がどこにもないではないか。出てくる脇役たちは、ただストーリーの展開上必要とされる最低限の役割しか与えられておらず、実に残念だ。

これではいかんと思いつつも、桃太郎伝説を完全に書き換えるのは抵抗が強い。桃太郎伝説はなんといっても岡山の観光資源であり、きびだんごというお土産の正当性を担保する砦のようなものだからだ。ここにいきなり手をつけると、きびだんご王国がミサイル攻撃を受けかねない。あまりにも危険である。

そこで、まずは桃太郎伝説の周りから、いわば外堀から攻めてゆこうと「エピソード I 」の世界、すなわち桃太郎伝説の少し前、桃太郎の父親の活躍する世界に挑戦することにしたというわけだ。ここを皮切りに「ジェネシス」や「新世紀」にも取り組むという姿勢は、これまでのきびだんご日記で何度も述べてきた通りである。

だが、最終的には本丸とも言うべき、本家本元の桃太郎伝説にも挑戦する日が来るだろう。その時こそ、きびだんごのフォースが銀河にバランスをもたらすことになる。そして、そこでは桃太郎の周りの脇役たちが生き生きと大いなる魅力を持って輝くはずである。例えば、桃太郎がルーク・スカイウォーカーのような存在ならば、脇役としてハン・ソロ船長に匹敵する大物が絶対に必要だ。その人物は、言うまでもなく、桃太郎が鬼が島に渡るために必要とした船の船長以外あるまい。船旅は困難を極めるだろう。途中で鬼に雇われた賞金稼ぎに襲われたりもするはずだ。冒険活劇はそうこなくてはいけない。

というわけで、物語には魅力的な脇役が欠かせないのだ。はるか昔、銀河の彼方、太陽系第三惑星を舞台に繰り広げられる壮絶な桃太郎伝説が今のままでよいはずがない。

 

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きびだんご補完計画(その4)

新型きびだんご3号機

弐号機が完成し、新型きびだんごもいよいよ完成が近づいてきた。糖度と酸味のシンクロ率も申し分なく、後味もすっきりしている。万人に喜ばれるに違いないという出来である。

が、またしても問題が浮かび上がってきた。なんと、要冷蔵というではないか。きびだんごで要冷蔵など聞いたことがない。いくら新型とはいえ、本当にそうなのだろうか。

前回、きびだんごとM.R.フィールドの間の衝撃吸収剤の開発に触れたが、この衝撃吸収剤が熱に弱いことが判明したのである。そもそもNERFの地下実験室は温度が低めに設定されているため、これまで問題に気がつかなかったのだ。弐号機から地上に出して試運転をしたところ、熱に弱いという弱点が露呈したというわけである。

う~む、まずい。きびだんごは基本的にお土産だ。要冷蔵となれば、遠くから来た観光客の方々には持って帰っていただくことが難しい。もうほとんど完成したと思っていたのにどうしたものだろう。

選択肢は三つ。ここで開発を断念するか、常温でびくともしない衝撃吸収剤を新たに開発するか、あるいは要冷蔵で突っぱねるかだ。ゲンドー博士は、ダミーシステムで乗り切るなどとわけのわからないことを主張しているが、国王である私はきびだんご王国に対して責任がある。現実的な解決策を模索しなくてはなるまい。

ということで、最後の試練を迎えた感のあるきびだんご補完計画だが、これをなんとか切り抜け、3号機で完成品とし、みなさんにお披露目したいと考えている。あくまでも3号機で終わりにしたい。最悪の場合は4号機にも予算を配分するが、量産機の製造は帝国軍のクローンきびだんごのような悲劇を生みかねないのでなんとしても避けたいところだ。

というわけで、次回はいよいよ実写版の新型きびだんごを公開したいと思う。
(画像は熱により崩壊する弐号機)

 

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