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ファインダー購入

部屋の風景

先日、ファインダーを購入した。私のコンパクトデジカメにはファインダーがなく、背面の液晶画面を見て撮影する仕様になっているのだが、イマイチ撮影をしているという感覚が得られず、少々不満に思っていたのだ。

長い間、フィルムカメラを使っていたため、どうしてもファインダーを覗くクセが抜けきれず、とうとう我慢の限界に達したため、ファインダーの購入に至った次第である。

そもそも、背面の液晶だが、野外では日光の状態によっては非常に見づらい。フードでもかぶせなければロクに画面を確認できないこともしばしばだ。それにカメラを顔から遠ざけねばならず、手ぶれもしやすいし、第一見た目がみっともない。

で、ファインダーを付けてみると、これがなかなか楽しいではないか。カメラ本体と連動しているわけではないので、ファインダー内には露出などの情報は何も表示されないし、ピントが合ったかどうかもファインダー内では確認できない。しかし、風景をファインダーで切り取るという感覚は貴重だ。最新のデジカメのような機能は何もないが、とにかく穴から覗くというスケベ心を満喫させてくれるアイテムである。なによりアナログなところがいい。ファインダーを覗いている間はデジカメを使っているという認識がしばし薄れるのだ。

とにかく、デジタル一辺倒で、機能てんこ盛りの製品が巷に溢れる今日、私としてはどこか古くさいアイテムに惹かれる。ノスタルジーといえばそれまでかもしれないが、より人間臭いといった方が表現としてはしっくりくる。そうなのだ。テクノロジー全盛の時代だからこそ、私は人間臭さにこだわるのだ。

製造過程で機械やコンピュータを導入しようと、やはりどこかに人の手、というか人の心が宿っているものこそ、大切にしてゆかねばならないのではないだろうか。

などと言ってみたが、あと数百年もすれば、人間臭さなど死語になっているかもしれないな。

 

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これからのきびだんご

これからのきびだんごはアイデアが大切

最近、弟がiPadを購入した。触らせてもらったのだが、なかなか快適だ。とりあえずiPhoneの大型のような感覚だが、画面が大きいので何かと使い勝手がよい。

思えば、初めてiPadなどというタブレット機器が発売されたとき、正直言って、こんなものが売れるのかと半信半疑だった。それまでモバイルと言えばノート型パソコンしかイメージできなかったからだ。

しかし、実際に発売されてみると大反響を呼び、後続の企業から同様の製品が次から次へと出て来るほどの定番商品となってしまった。全く人々のニーズというものはどこにあるのかわからないものだ。

いまだ存在しないものを開発して世に問う。これこそまさに製造業の醍醐味ではないだろうか。製造業といえば、きびだんごを作っている製菓業も立派な製造業である。同じ製造業として、我々もいまだかつてない商品を世に問うてみたいものだ。こんなものが売れるはずがない、という非常識な商品を作ってヒットするというのがなんと言っても快感ではないか。

だが、それには並大抵のアイデアでは足りない。きびだんご王国を根幹から揺るがすほどの驚愕のインスピレーションが要求される。まさかタブレット型のきびだんごなんか作っても冷たい視線を浴びるだけだし…

とにかく、きびだんご補完計画第一弾として、要冷蔵の新型きびだんごを夏までに商品化しよう。その上で、第二弾以降はありえないシリーズとして斬新な企画を練ろうではないか。

ありえないきびだんご。それをこれからのきびだんご王国の目標に掲げることにする。

 

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PK戦

サッカー

FIFA(国際サッカー連盟)のブラッター会長が、PK戦での決着について「悲劇」を生む可能性があると述べ、将来的に何らかの変更を行う可能性を示唆したという。

確かに、PK戦による決着は面白くない。サッカーの醍醐味であるゴールによる決着ではなく、PK戦というのは精神衛生上あまりよくない。特に、シュートをはずした選手の中には一生トラウマが残る者もいるにちがいない。勝負の世界は厳しいものではあるが、しかし、サッカーのPK戦ほど残酷なものもないだろう。

もっとも、ゴールキーパーにとってはヒーローになるチャンスでもあり、中にはPK戦に情熱を注いでいるキーパーもいるのかもしれない。しかし、選手としても、サポーターとしてもPK戦での敗北は到底納得のいくものではない。とりわけ試合内容で勝っていた場合は無念の極みである。

この点、ゴールデンゴール方式というのもあって、延長戦で先にゴールを決めた方がそのまま勝利という、なんだか野球のサヨナラ勝ちに似たルールもある。これだと、延長戦で得点が生まれた場合、同点に追いつくことができないため、延長で点を取り合ってPK戦に突入という事態は避けられる。だが、これとて無得点のまま終了のホイッスルが鳴れば、結局はPK戦でしか決着がつかないことには変わりがない。

そこで、私が新ルールを提案しよう。

その1。開始前にPK戦を行う。

つまり、あらかじめPK戦を行っておき、万一同点で終了した場合は、試合前のPK戦の勝者の勝利とする。これだと、PK戦で負けていても、試合で勝てば帳消しになるため、PK戦でシュートをはずした選手もトラウマにはなりにくい。むしろモチベーションが上がるのではないだろうか。

その2。ファールの少ない方の勝ちとする。

同点で終了した場合、総ファール数の少なかった方のチームの勝利とすればいい。例えば、通常のファールを1点、イエローカードを2点、レッドカードを3点として合計し、点数の少ない方を勝ちとするわけだ。これだと、フェアなプレーに徹した方が有利となるため、試合の質も向上するだろう。

その3。再試合。

これは日程の関係で無理かもしれない。しかし、野球でも延長戦で勝負がつかないときは再試合になるではないか。サッカーでも日程が許すなら、再試合という選択肢もあっていいのではないだろうか。

以上が私の提案だ。この他にもボール支配率で決めるとか、いろいろとアイデアはあるだろうが、この辺りが妥当なところだと思う。

さて、ブラッター会長はどんな対策を講じてくるのだろう。楽しみだ。

 

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田舎へ行こう

田舎

このところ暇さえあれば書籍を購入しまくっている。

もともと私は読書好きで、我が家はもはや本を置く場所もないほど本だらけなのだが、何度も不要な本を売ったり、差し上げたりしても次から次へと増えるため、もうどうにもならない状態だ。これはまさに読書のメタボ状態と言えよう。

メタボと言えばやはり身体に悪い。ひょっとすると読書のメタボも問題があるのかもしれないな。そもそも既に一生の間に読み切れないほどの蔵書があることは間違いない。その上で、毎日のように本が増えているわけだから、これはどう考えてもマズイ。もしかすると、読書中毒にかかっているのかもしれない。ひょっとして、読書はタバコや酒のように依存症を引き起こしたりするのだろうか。この点に関しては一度医者に質問してみるしかあるまい。

問題は、私の読書の幅の広さだ。専門分野だけ読んでいれば最小の読書量で済むのに、なぜか趣味が多い。将棋やチェスや数学や物理学や語学や歴史や美術や音楽や生物学や古文や政治や経済や宗教や、その他、エッセイや旅行記や服飾や料理やワインやビジネスやらと、我ながらよくもまあこれだけいろいろ読むものだと呆れるほど何でも読んでいる。

さすがにこれだけ読んでいるともはや速読でも追いつかない。もうこうなったら、書籍を額に当てて脳裏に念写でもするしかない状態だ。はっきり言って、きびだんご日記など書いている時間もほとんどない。

しかも、私の場合、特に気に入った本は二冊買う。一冊は書き込み用で、もう一冊は保存用だ。もはや、田舎に広い土地を買って巨大な書庫を備えた家を建てるしか道は残されていないかもしれないな。う〜む、それまでに本の重みで床がぬけなければいいのだが…

 

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投資?

投資

フェイスブックの上場に伴って株を購入したものの、その後の値下がりで損失を出した投資家たちが訴えを起すらしい。なんでも公示価格が高すぎたのではないか、などとぬかしているらしい。

はっきり言っておく。高いと思えば買わなければいいのだ。

そもそも、株などというものは、バカが買えば上がり、バカが売れば下がる。それだけだ。だから相場の動きに一喜一憂する必要などない。企業の価値に対して安いと思えば買って長期保有し、値が上がるのをひたすら待てばよいし、高すぎると思えば最初から手を出さなければいい。

私の場合、株を買うときは、企業について徹底的に調べる。最低でも過去10年間の財務諸表には目を通す。その上で様々な指標についてデータを解析し、将来の成長を予測する。さらに経営者が書籍を著していたらそれも読む。また、雑誌のインタヴューなどがあれば、それも入手する。

そうして、入念に調べあげた上で、この会社なら大丈夫と確信したものの中から、さらに絞り込んで投資する。そして、一度信じて購入した株は5年、10年と長期保有する。だから、毎日の株価の変動など全く気にしない。たとえ買った株が半値に下がっても、自分の目に狂いがなければやがて値を戻し、最終的には利益をもたらすはずだ。だから安心して待っていればいい。逆に言えば、そこまで自信がないのなら株など買ったりはしない。

よく、証券会社に勧められた株を買って損をしたといって怒る人がいるが、本末転倒だ。証券会社は株の売買手数料で儲けているので、株が上がろうが下がろうが、極端なことを言えばどうでもいいのだ。売買取引さえ成立すれば手数料収入が発生する仕組みなのだ。結局、損失は投資家の自己責任となる。

だから、投資家は自分の目で判断して行動するしかない。損をして慌てるくらいなら投資などしなければよいのだ。

おそらく、今回騒いでいるのは、短期間に儲けを出そうとしているトレーダーやその系統の人たち、あるいはブームに踊らされて甘い夢を見た人たちではないだろうか。私はデイトレーディングのような短期投資は一切やらないので、彼らには何の共感も同情もない。どうして、みんな目先の利益にばかり関心があるのだろう。本来、企業の株を買うということは、その企業を応援するということではないのか。自分が好きで応援している企業の株なら、値が下がってもにっこり笑って保有しておけばいいではないか。

要するに、フェイスブックが好きで応援しようという人たちではなく、ブームに乗っかって一儲けしてやろうと欲をかいた人々が群集心理で上場に集まって来たというのが今回の騒動の正体なのだろう。ま、よくある光景だ。今回は規模が大きかったのでいつもより騒がしいが…

それにしても、人間の欲というものはどうにも気分の悪いものである。

 

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