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きびだんご補完計画(その5)

ゲンドー博士

きびだんご王国の特務機関NERFにおいて、ゲンドー博士を中心に取り組んできたきびだんご補完計画だが、あと一歩で新型きびだんご完成というところまできて、思わぬ事態に直面している。

上部組織(通称ゼーレ)より横槍が入ったのだ。五色のきびだんご(コードネーム: 光の巨人)のうち、なんと二色がボツになってしまった。これから開発をやり直すとすれば、膨大な労力が必要となる。エントリープラグも作り直さなくてはならない。しかも、ゲンドー博士にはまだこのことを知らせていない…

う~む、困った。実のところ、私はゲンドー博士が苦手なのだ。いつも何か企んでいるような気配が気にかかる。機嫌の悪い時に今回の決定を知らせると何をしでかすかわかったものではない。ここはひとつ、博士のご機嫌を取りながら、それとなく切り出すしかあるまい。国王もなかなか大変なのだ。

さて、新しく開発することになった二つのきびだんごを含めて、今回のきびだんごラインナップも雰囲気を一新することになった。新しいコードネームはジョゼフィーヌだ。こうなるともう私にもわけがわからない。もともと無責任がキーワードのきびだんご王国だが、一体新型きびだんごはどうなってしまうのだろう。とにかく、ここまで来た以上、補完計画を実行するしか道はない。

ひとつ間違えば、世界中のきびだんごファンを敵に回すことになるかもしれないが、きびだんごの暗黒面に打ち勝つには補完計画しかないのだ。
(画像はきびだんごのダミーシステムを開発中のゲンドー博士) 

 

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ファインダー購入

部屋の風景

先日、ファインダーを購入した。私のコンパクトデジカメにはファインダーがなく、背面の液晶画面を見て撮影する仕様になっているのだが、イマイチ撮影をしているという感覚が得られず、少々不満に思っていたのだ。

長い間、フィルムカメラを使っていたため、どうしてもファインダーを覗くクセが抜けきれず、とうとう我慢の限界に達したため、ファインダーの購入に至った次第である。

そもそも、背面の液晶だが、野外では日光の状態によっては非常に見づらい。フードでもかぶせなければロクに画面を確認できないこともしばしばだ。それにカメラを顔から遠ざけねばならず、手ぶれもしやすいし、第一見た目がみっともない。

で、ファインダーを付けてみると、これがなかなか楽しいではないか。カメラ本体と連動しているわけではないので、ファインダー内には露出などの情報は何も表示されないし、ピントが合ったかどうかもファインダー内では確認できない。しかし、風景をファインダーで切り取るという感覚は貴重だ。最新のデジカメのような機能は何もないが、とにかく穴から覗くというスケベ心を満喫させてくれるアイテムである。なによりアナログなところがいい。ファインダーを覗いている間はデジカメを使っているという認識がしばし薄れるのだ。

とにかく、デジタル一辺倒で、機能てんこ盛りの製品が巷に溢れる今日、私としてはどこか古くさいアイテムに惹かれる。ノスタルジーといえばそれまでかもしれないが、より人間臭いといった方が表現としてはしっくりくる。そうなのだ。テクノロジー全盛の時代だからこそ、私は人間臭さにこだわるのだ。

製造過程で機械やコンピュータを導入しようと、やはりどこかに人の手、というか人の心が宿っているものこそ、大切にしてゆかねばならないのではないだろうか。

などと言ってみたが、あと数百年もすれば、人間臭さなど死語になっているかもしれないな。

 

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これからのきびだんご

これからのきびだんごはアイデアが大切

最近、弟がiPadを購入した。触らせてもらったのだが、なかなか快適だ。とりあえずiPhoneの大型のような感覚だが、画面が大きいので何かと使い勝手がよい。

思えば、初めてiPadなどというタブレット機器が発売されたとき、正直言って、こんなものが売れるのかと半信半疑だった。それまでモバイルと言えばノート型パソコンしかイメージできなかったからだ。

しかし、実際に発売されてみると大反響を呼び、後続の企業から同様の製品が次から次へと出て来るほどの定番商品となってしまった。全く人々のニーズというものはどこにあるのかわからないものだ。

いまだ存在しないものを開発して世に問う。これこそまさに製造業の醍醐味ではないだろうか。製造業といえば、きびだんごを作っている製菓業も立派な製造業である。同じ製造業として、我々もいまだかつてない商品を世に問うてみたいものだ。こんなものが売れるはずがない、という非常識な商品を作ってヒットするというのがなんと言っても快感ではないか。

だが、それには並大抵のアイデアでは足りない。きびだんご王国を根幹から揺るがすほどの驚愕のインスピレーションが要求される。まさかタブレット型のきびだんごなんか作っても冷たい視線を浴びるだけだし…

とにかく、きびだんご補完計画第一弾として、要冷蔵の新型きびだんごを夏までに商品化しよう。その上で、第二弾以降はありえないシリーズとして斬新な企画を練ろうではないか。

ありえないきびだんご。それをこれからのきびだんご王国の目標に掲げることにする。

 

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PK戦

サッカー

FIFA(国際サッカー連盟)のブラッター会長が、PK戦での決着について「悲劇」を生む可能性があると述べ、将来的に何らかの変更を行う可能性を示唆したという。

確かに、PK戦による決着は面白くない。サッカーの醍醐味であるゴールによる決着ではなく、PK戦というのは精神衛生上あまりよくない。特に、シュートをはずした選手の中には一生トラウマが残る者もいるにちがいない。勝負の世界は厳しいものではあるが、しかし、サッカーのPK戦ほど残酷なものもないだろう。

もっとも、ゴールキーパーにとってはヒーローになるチャンスでもあり、中にはPK戦に情熱を注いでいるキーパーもいるのかもしれない。しかし、選手としても、サポーターとしてもPK戦での敗北は到底納得のいくものではない。とりわけ試合内容で勝っていた場合は無念の極みである。

この点、ゴールデンゴール方式というのもあって、延長戦で先にゴールを決めた方がそのまま勝利という、なんだか野球のサヨナラ勝ちに似たルールもある。これだと、延長戦で得点が生まれた場合、同点に追いつくことができないため、延長で点を取り合ってPK戦に突入という事態は避けられる。だが、これとて無得点のまま終了のホイッスルが鳴れば、結局はPK戦でしか決着がつかないことには変わりがない。

そこで、私が新ルールを提案しよう。

その1。開始前にPK戦を行う。

つまり、あらかじめPK戦を行っておき、万一同点で終了した場合は、試合前のPK戦の勝者の勝利とする。これだと、PK戦で負けていても、試合で勝てば帳消しになるため、PK戦でシュートをはずした選手もトラウマにはなりにくい。むしろモチベーションが上がるのではないだろうか。

その2。ファールの少ない方の勝ちとする。

同点で終了した場合、総ファール数の少なかった方のチームの勝利とすればいい。例えば、通常のファールを1点、イエローカードを2点、レッドカードを3点として合計し、点数の少ない方を勝ちとするわけだ。これだと、フェアなプレーに徹した方が有利となるため、試合の質も向上するだろう。

その3。再試合。

これは日程の関係で無理かもしれない。しかし、野球でも延長戦で勝負がつかないときは再試合になるではないか。サッカーでも日程が許すなら、再試合という選択肢もあっていいのではないだろうか。

以上が私の提案だ。この他にもボール支配率で決めるとか、いろいろとアイデアはあるだろうが、この辺りが妥当なところだと思う。

さて、ブラッター会長はどんな対策を講じてくるのだろう。楽しみだ。

 

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田舎へ行こう

田舎

このところ暇さえあれば書籍を購入しまくっている。

もともと私は読書好きで、我が家はもはや本を置く場所もないほど本だらけなのだが、何度も不要な本を売ったり、差し上げたりしても次から次へと増えるため、もうどうにもならない状態だ。これはまさに読書のメタボ状態と言えよう。

メタボと言えばやはり身体に悪い。ひょっとすると読書のメタボも問題があるのかもしれないな。そもそも既に一生の間に読み切れないほどの蔵書があることは間違いない。その上で、毎日のように本が増えているわけだから、これはどう考えてもマズイ。もしかすると、読書中毒にかかっているのかもしれない。ひょっとして、読書はタバコや酒のように依存症を引き起こしたりするのだろうか。この点に関しては一度医者に質問してみるしかあるまい。

問題は、私の読書の幅の広さだ。専門分野だけ読んでいれば最小の読書量で済むのに、なぜか趣味が多い。将棋やチェスや数学や物理学や語学や歴史や美術や音楽や生物学や古文や政治や経済や宗教や、その他、エッセイや旅行記や服飾や料理やワインやビジネスやらと、我ながらよくもまあこれだけいろいろ読むものだと呆れるほど何でも読んでいる。

さすがにこれだけ読んでいるともはや速読でも追いつかない。もうこうなったら、書籍を額に当てて脳裏に念写でもするしかない状態だ。はっきり言って、きびだんご日記など書いている時間もほとんどない。

しかも、私の場合、特に気に入った本は二冊買う。一冊は書き込み用で、もう一冊は保存用だ。もはや、田舎に広い土地を買って巨大な書庫を備えた家を建てるしか道は残されていないかもしれないな。う〜む、それまでに本の重みで床がぬけなければいいのだが…

 

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