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先生 ?

政治家は先生ではない

私は、先生という言葉は、学校の恩師などに対してのみ用いられるべきであるという認識をもっている。自分が師事したわけでもなんでもない人物に対して先生などと呼ぶのは筋違いという気がしてならないのだ。

しかし、世間では政治家のことを先生と呼ぶ人が多い。当たり前のように先生という敬称をつけて呼んでいるのを見て、私はその度に違和感を覚えてしまう。

はっきり言おう。議員は選挙によって選ばれた有権者の代表であり、有権者のために尽力するのが役目である。少なくとも議会制民主主義の理屈ではそうなる。断じて有権者より政治家の方がエライなどということはない。

実際、選挙期間中は彼らはひたすら頭を下げまくる。実に低姿勢だ。自分たちより有権者の方がエライということがよくわかっていると全身で表現している。ところが、選挙に受かった途端、先生と呼ばれてふんぞり返るというのはどういうことだろう。先生と呼ぶ方も呼ぶ方だ。学問や武芸でも教えてもらったことがあるのだろうか。個人的に師事しているならともかく、それほど面識のない政治家を先生などと呼ぶ理由はどこにもないではないか。

というわけで、私は政治家を先生と呼んだことは一度もない。常にさん付けで呼んでいる。あるいは肩書きを付けて呼ぶ。それだけだ。師事していない人を先生と呼ぶことは金輪際ない。ただし、大した実力もないのに周囲から先生と呼ばれている自称文化人などに対して皮肉をこめて先生と呼ぶことはたまにある。

とにかく、政治家も商売人も音楽家もみんな対等な人間である。政治家だからといって特別扱いする必要などない。にもかかわらず、みんなが先生、先生と呼ぶと、彼らも自分たちがすっかり偉くなったと勘違いしてしまうに違いない。それはこの国にとって決して喜ばしいことではないはずだ。

みなさん、政治家を先生と呼ぶのはもうやめにしようではありませんか。

 

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のんびり楽しく

のんびり楽しく

以前の日記で、どうも最近記憶力が鈍ってきたという不安を述べた。確か英語の参考書を勉強していて長文がなかなか記憶できないという内容だったと思う。

結論から言おう。不安は払拭された。

どういうことかと言うと、要するに記憶しようとしていた文章が好きになれなかったのだ。好きになれない文章を力づくで記憶しようとしたことにそもそも無理があったというわけである。考えてみれば単純なことで、学習対象に興味が湧けば効果は顕著に現れるし、興味がなければ上手く行かない。それだけのことだ。

受験生の頃は、どうしても入試に受かりたいという強いモチベーションがあるために、面白くもない教科書や参考書、問題集と付き合うことができた。歴史の年号や数学の公式や英語の単語なども力技で記憶することができたのはそのせいなのだ。別に若いから記憶力が良かったというわけではないと私は断言する。

さて、もはや入試などない社会人になってしまうと、これを覚えないとクビだ、などと脅されでもしない限り、力技で記憶してゆくという学習法は成果を生まない。やはり、興味を持つこと、もっとはっきり言うと、楽しいこと、これが記憶の鍵なのだ。

で、記憶する文章をエッセイに変えてみた。ラッキーにも私と波長の合う著者に出会えたおかげで、スイスイと頭に入るではないか。最初に記憶しようとしていた文章よりはるかに長い文章なのだが、今度は問題ない。さすがに知らない単語のうち、どうしても意味を推測できないものは辞書を引くしかないが、それでも内容が興味深いので苦にならない。しかも、必死で努力しなくても文章が頭に残る。ついでに言うと、英和辞典ではなく英英辞典の方が楽に記憶に残るので指摘しておこう。

というわけで、私は当分の間、同じ著者のエッセイを買い集めて、片っ端から読んでみようと思う。無理にでも記憶しようというやり方はもうやめた。本当に興味があり、感動したなら、何度も読み返しているうちに自然に記憶に残るようになるからだ。それで十分だし、それこそが無理のない学習法ではないだろうか。

のんびり楽しく。案外これが最強の勉強法かもしれない。 

 

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書籍選び

書籍選びは慎重に

アマゾンで非常に低い評価が集まっている本を書店で立ち読みしたところ、とてもためになる本だったので即買いした。

一概には言えないが、レビューが20以上ある場合、大半が低い評価なら良書、大半が高い評価なら駄本であることが結構ある。ちなみに、レビューが一桁の場合はあまり参考にならない。もっとも、誰がレビューを書いているかにもよるのだが、匿名のためどうにもならない。一人一人のその他のレビューを参考にしてもよいが、そこまでするほどの興味はない。

いずれにしても自分の目で判断するしかないのだが、上記のようなことが多い理由は何だろう。低い評価を下しているレビューの中には、とても最後まで読んだとは思えないものが多い。前半だけ読んで幻滅し、低い評価を下している人もいたし、中にはタイトルが気に入らないと批判している感情的で短絡的なレビューまであった。また、流れもあるだろう。何人も続けてボロクソにこき下ろしていると、自分もその流れに乗って攻撃的なレビューをしてしまう集団心理があるのではないだろうか。大勢の人々はそう言っているが、自分は違う、とはっきり自己主張できる人はもともと少ないのだ。

で、この本だが、確かに前半はつまらない。タイトルも趣味がいいとは言えない。が、後半は実にためになる内容で、後半だけでも表示価格の二倍以上の価値があると感じた。

この本は、前半は勉強の仕方についての著者の持論であり、後半は参考書のような内容になっている。そして、前半では、努力せよ、というごく当たり前のことが書かれていた。ごく当たり前のことなので、そもそも批判の対象にはならないと思うのだが、どうやら、努力しなくても上手く行くといったノウハウや裏技を期待していた人々の反感を買ったらしい。

一般に、アマゾンでは、額に汗して学べ、といった至極真っ当な本は批判されやすい。反対に、誰でもこうすれば上手く行く、とか、たったこれだけで大丈夫、といった内容の本が人気があるようだ。これも時代だろう。

私が好きな本のひとつに長岡亮介の数学の本がある。この本の序文で、彼は基礎力をつける方法として「正しく書かれた本を、理解できるまで何度も何度も繰り返し読んで考えることである」と述べている。正論だ。ここで大切なことは良書を選ぶことと勤勉に学ぶことの二つだ。勤勉に学ぶのは当たり前として、良書の方はそう簡単には巡り会えない。私は比較的よくアマゾンで書籍を購入するのだが、レビュー通りだったことはあまりない。

やはり、面倒でも書店に足を運んで立ち読みするしかないようだ。

 

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湯沸かし器が壊れました

冷水

我が家の湯沸かし器が故障してしまいました。ガス会社に調べてもらったところ、製造から17年以上も経過しており、既に交換部品は入手不可能とのことでした。仕方なく、新しい機器を購入することになり、突然の出費にやれやれという感じです。

で、新しい機器が届くまでの数日、我が家ではお湯が出ないため、お風呂は銭湯にゆくしかないなと思っていた矢先、シャワーは一年中冷水でよいという本を見つけて購入しました。なんでも冷たい水で身体を冷やす事により、健康になれるというではありませんか。しかも、お肌まで奇麗になり若返るとも…

こうなると、お湯が出なくなったというのも何かの啓示かもしれません。さっそく弟は冷水シャワーを浴びています。魂が清められるなどとわけのわからないことを言いながら…

う~む、やはり私もこれから冷水を浴びてくることにしようかな。少し不安はあるが…

ちなみにシャワーは冷水でもいいのですが、朝のひげ剃りは熱湯が必要です。最近では電気シェーバーを使っている人も多いみたいですが、私は古風な人間なので、昔ながらのカミソリ派なのです。正直、冷水でひげ剃りは辛いものがあります。カミソリも消毒できないし…

ともあれ、新しい湯沸かし器がやってくるまでの間、毎日の日課として朝晩冷水シャワーを試してみます。案外やみつきになるかもしれません。

 

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記憶力が…

記憶力

どうも最近記憶力に不安がある。実は、現在600ページ程度の英語の参考書をやっていて、比較的短い長文が200ほど掲載されているのだが、これを全て暗記しようとしている最中だ。

学生時代ならどうということはない。数ヶ月もあれば覚えられたはずだ。ところがどうだろう、今日試しに幾つか文章を記憶をたよりに大学ノートに書いてみたが、なんとノート1ページあたり10カ所程度も間違いがあるではないか。意味はほぼ同じだが別の単語を選択していたり、スペルに誤りがあったり、副詞や副詞句がごっそり抜けていたりとミスのオンパレードで唖然としてしまった。

俳優が舞台や映画で覚えなくてはならないセリフと比べれば大した量ではないはずだが、どうにもお恥ずかしい限りである。世の中には高齢の役者で、ものすごく長いセリフを完璧に覚える方もいらっしゃるというのに、まだ40代の私がこのざまとは…

そういえば仲代達矢も言っていたな。「役者ほど素敵な職業はない。ただ、セリフさえなければ…」う~む、わかるぞその気持ち。そう言えば、確か彼はセリフを紙に書いて部屋中に貼付けて覚えると聞いた事がある。とある同時通訳者の方も部屋中に単語や熟語を貼りまくっていると言っていた。やはり、簡単に記憶できる魔法など存在しないのだ。

かつての自分を思い出しても、暗記は力技だったような気がする。若い頃、山川出版社の世界史小辞典を一冊まるごと記憶していたが、指の汗で辞典がボロボロになっていた。やはりそれくらいがんばらなければダメなのだ。そういえば、あの頃は一日14時間、365日毎日勉強していた。それに比べて社会人となってからというもの、日々の仕事に追われてロクに勉強時間も確保できない毎日だ。

もしかすると、記憶力が低下したのではなく、ただ単に努力する時間が不足しているだけなのかもしれない。自分の脳のせいにするのはまだ早いかもしれないな。

とはいえ、時間は限られている。有効活用する方法を模索せねばなるまい。

 

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