昨日の日記で、アキモト長官からの報告について述べたが、彼は桃太郎の父親が吉備の国に潜入した理由として、伝説の七つのきびだんごの秘密を探るためであると言及していた。が、これは恐るべきことである。私の知る限り、伝説の七つのきびだんごのルーツは温羅伝説よりも何世紀も昔にさかのぼる話だ。つまり、エピソード I よりも前の物語、いわば桃太郎伝説ジェネシスの世界だ。まさかとは思うが、CIA48は既にジェネシスにまで調査対象を広げているのだろうか。アキモト長官、なかなか腹の読めない男だ。恐らく、報告書に記載の無い情報を幾つか隠しているに違いない。例えば、桃太郎に双子の妹がいたとか… そういえば、最近規律違反でCIA48をクビになった諜報員が二名いたっけ。彼女たちに聞けば何かわかるかもしれないな。
それはさておき、ジェネシスの物語で鍵を握る人物は卑弥呼だ。彼女もきびだんごにさえ出会わなければ平穏な生涯をまっとうすることができたであろうに…
とにかく、古来よりきびだんごの秘密に深く関わった者には不幸が訪れてきた。アキモト長官の身に何も起こらなければよいが。
さて、その後の調査で我々は桃太郎の両親が出会った場所をある程度特定することに成功した。それは吉備の中山で、当時この場所で行われていた祭りで出会ったらしい。恐らく厄払いを目的とした花祭りのようなものだったと思われる。古来より、花は散ると同時に風に乗って病や厄を四方八方に広めるという言い伝えがあり、これを沈めるための祭りが当時この辺りで行われていたらしい。
温羅伝説の時代、現在の岡山の市街地の大半はまだ海で、中山の頂上付近からは港が見下ろせたはずだ。風光明媚なこの場所で行われた祭りでは、隠密として活動していた桃太郎の父も、このときばかりは気を許して大いに楽しんだに違いない。そして、祭りの主役とも言うべき温羅の娘はさぞかし着飾って美しかったであろう。二人の出会いは運命のいたずらというほかない。
ちなみに、吉備の中山は、古今集や枕草子にも出てくる全国的にも名を知られた吉備随一の聖なる山だ。ところが、肝心の温羅の山城に関しては、日本書紀から抹殺されたのをはじめ、いかなる資料にも出てこない。当時としては別格の山城だったにもかからわずである。よほど知られては困る秘密があったに違いない。
我々は歴史の闇に葬られ、昔話にカモフラージュされた桃太郎伝説の真実をこれからも追求してゆきたい。
とにかく、調査を続行する。
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