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たまにはエースをねらえ!

以前、フランスの映画館で黒澤明監督の『乱』を鑑賞したことがある。戦国時代を背景とし、シェークスピアの『リア王』の世界観を表現した巨匠渾身の作品である。この映画に関しては賛否両論があり、私自身黒澤作品の中では必ずしも好きな映画ではないのだが、衣装など舞台美術は水準が高く、見応えは十分ある。そして、なんといっても秀虎役の仲代達矢と三男の直虎役の隆大介の声が渋いのが魅力だ。だが、このときはフランス語吹き替え版の上映だったため、せっかくの渋い声が聞けなかったのは残念だった。

しばらく見ていると、荘厳な城でのシーンが映し出された。秀虎と直虎、戦国大名の父と子が微動だにせず、正座をして向かい合っている。なんとも言えない緊迫した空気… やがて凍り付くような静寂と緊張感を破って、ものものしく隆大介が仲代達矢に声を掛ける…

「パパ!」

その瞬間、私は椅子からのけぞり落ちそうな衝撃を受けた。確かにフランス語では「父上」は「パパ」である。それはそうなのだが、この重厚な戦国武将の世界で「パパ」はないだろう。周りを見渡すと、何の違和感も抱かないフランス人たちが映像に見入っていた。神経が死滅しているとしか思えない。

その後も「パパ!」を連発する隆大介にすっかり幻滅した私は、もはやシェークスピアの哲学のかけらさえ味わうことができなくなっていた。まさか『影武者』で織田信長を見事に演じた野性味溢れるあの隆大介が、「パパ!」などと甘えた声を出すとは世も末である。そんな役者じゃなかったのに…

すっかり人間不信に陥った私は、後日『必殺仕掛人』をやはりフランスのテレビで見た。こちらは藤田まこと演じる主人公の中村主水とその妻・りつ、姑・せんとのお決まりの会話が楽しみのひとつとなっている。ここで、「あなた!」「婿殿!」というセリフがどうなるのかなと興味をもって見ていたら、どちらも「モンド!」と名前を呼ぶだけであった。まあ、確かに主水(もんど)なんだけどね。「あなた!」はよしとして、やはり「婿殿!」から来る肩身の狭さのような感覚がないとこのシーンは成り立たないではないか。外国語を翻訳するというのは、やっぱりある程度無理が生じるものなのだろう。

もっとひどいのもある。フランスでは日本のアニメがブームらしく、様々な作品が放送されている。私が見たのは『新・エースをねらえ!』だった。神奈川県立西高校テニス部に入部した岡ひろみが、数々の苦難を乗り越えて一流プレーヤーに成長してゆく、涙なしには見られない感動の物語である。(これは旧作『エースをねらえ!』の続編ではなく、リメイク版)

さて、ここでも腰を抜かすほど驚いた。なんと、登場人物の名前が全てフランス人の名前になっているではないか。随分前のことで、正確には覚えていないのだが、確かマリアンヌとかカトリーヌとか、そんな名前のオンパレードだった。まあ、フランス人には日本人の名前がわかりずらかったのか、あるいは発音しにくかったのかもしれないが、舞台は日本である。漢字で書かれた垂れ幕やら表札やらいろいろ日本語が映像に出てくる中で、登場人物が全てフランス人というのは不気味だ。もっとも、宗方仁をはじめ、お蝶夫人など、どうみても日本人には見えないルックスの登場人物ばかりなので、吹き替え版の担当者も思い切ったのかもしれない。大体、あんなに目が大きくて鼻が高い日本人なんていないし、お蝶夫人なんて金髪だった。その上、本名が竜崎麗香というド派手な名前という設定もなんというセンスだ。

それはともかく、最終回で病床の宗方コーチが、死の間際に放つ最後のセリフ「岡、エースをねらえ!」が、マリアンヌとかカトリーヌだったりすると、思わず「欧米か!」と激しくツッコミを入れたくなってしまう。せっかくの感動のシーンがこれでは吉本のギャグではないか。困ったものだ。

やはり、日本の作品は日本で鑑賞するべきだろう。というか私のようにわざわざフランスまで出かけて日本の映画やアニメを見る方がどうかしているのかもしれないが。

 

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